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2018/08/04
【つらつらノート】 人間 この不思議な存在 ①

                                ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

ときどき、人間って一体何なのだろう、と思うことがあります。一体、何のためにこんなことをしているのか。結局、何を求めているのだろう、と漠然と考えてしまうことってありませんか ? 
求めるものは、それが手の内に入って暫くすると何やら当たり前のものに思えてきて、次のものを求めている自分に気がつきます。求めているのは確かに自分なので、その時は本当に自分が求めているように思っているのですが、それを繰り返してゆくと腑と気づくのです。本当は自分は何を求めているのだろうか、と。現れては消えてゆく欲求はただ単に生理的 ( もしかすると動物的 ? ) な衝動でしかなかったのではないか、と。

 

これはヒジョーに空しい気持ちがします。まるで頭を使っていないみたいでクリエイティブじゃない。若いうちならまだそれも許せるように思えますが、いつまでもそんなことをしているのはどうも精神が未熟過ぎるのではないか、と思うのです。肉体的な生理現象は致し方がないとしても、精神的な生理現象については、レベルのようなものがあるように思えます。
しかし、果たしてその精神とは一体どこにあるのでしょう ? 脳の周辺に由来して存在するようにも思えますが、一体どこに精神があるかはまだ謎のようです。何しろ、精神とは、非物質なのです。

 

精神は、やはり、肉体の中にあるのではないか  ?    「そんなのはアタリマエだ」と言われそうですが、しかし、精神とはやはり物質ではないだろうから、肉体という物質そのものとは違うものだろう 。  …ということは、肉体というのは、単なるアタリマエの物質ではないことになる。物質であって物質でないモノ。つまり、そのモノの中には眼に見えない厖大な情報が入っていて、血液やホルモン物質などといっしょにグルグルと活動しているのではなかろうか、と。
そのような見方をしてゆくと、我々人間というのは、非常に不可思議な存在ですね。

 


 人の身体の中にある「情報」

 

医学書などをめくると、ヒトは 60兆個もの細胞から成っていて、身体の 70 パーセント が水分でできている、などと書いてあります。60兆個もの細胞が集まっているというのが、どういう事なのか、はっきり言ってよくわかりませんですよね。例えばそれをお金で例えてみると少し実感がもてそうです。
例えばあなたの子供ができて、オギャアと生まれた日から100年間、毎日毎日 1,000万円のお小遣いをあげたとしましょう。1,000万円ですよ。しかしそれを 100歳になるまで毎日毎日貰ったとしても、3,650億円くらいなんです。60兆円貰うとしたら、ナント、16,400年間も生きてお小遣いを貰わなければならないんです。今が西暦の 21世紀ですから、185世紀まで生きるんですね。 なんだか草臥れてしまいそうな感じがします。

 

例が卑近だったかも知れませんが、とにかく 60兆という数はそれほどに厖大でありまして、それだけの数の細胞を私たちは皆持っているわけです。その細胞のひとつひとつが活動しているわけです。それは眼に見えない分子の世界ですが、その世界もまた、私たちの世界と同様に自然の摂理のもとで営まれているものです。

 

さて、その細胞というのは一体どのようなモノなのか ?  細胞もまたそれ自体で1つの生きものです。ちょうど人間の身体と同じように、栄養を吸収したり、排出したり、自体を守ったりする働きもします。
細かい、ムズカシイ事は医学書を見てもらうことにして、それらの働きを統率している核のところに、DNA という情報の集合体があります。二重のラセン構造をしていて、たった 4 つの種類の塩基という物質の組み合わせによって、細胞の組成に必要ないろいろな物質を生産する元の情報源です。このラセンの格子が1個の核の中に 30億対もあるのです。30億対の情報を持った細胞が 60兆個、一丸となって活動しているのが、実際の、私たちの体なんです。しかもそれだけの情報を持っていても、私たちが意識しているのはひとつのスクリーンだけで、そこに見られる情報というのは、身体全体の情報から見たら、ホンの微小なものでしかないということですね。その他の大部分の情報というのは、私たちの意識の下で、漠然とした無意識の働きとして、私たちを動かしているように思えるのです。

 

私が悲しみや悩みに陥って、どうしてそんなに悲しいのか自分でも解らない時、私の中で私をそうさせているものは、多分、以上のような厖大な情報による無意識の世界の、漠然とした記憶による現象なのではないか、と思います。私たちの日常的な意識では感知できない厖大な記憶を私たちは皆持っている。それらのものが、私たちをある意味で支配しているのかも知れません。

 

私たちがこの世に生まれた時には、親からの遺伝情報を含めて、もう既に体の中にたくさんの記憶情報を持っていたことになりそうです。体の複雑なメカニズムを制御しているプログラムはすでに動いていて、それもまた生命の不思議な現象である訳ですが、そのように考えると、産まれてきた赤ちゃんは、既に何らかの記憶情報をダウンロードしてきている、と言ったら、妙な感じがします。 

 

最近の小児心理学などでは、お母さんのお腹の中にいた頃の記憶を語る子供たちを紹介している本などもあります。出生前の胎児にも既にある程度の認識ができる意識と、短いけれど暫定的な記憶力がある、という意見もあります。

 

しかし思うに、そのような記憶って、一体どこから来たのでしょうね。

 

 


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