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お知らせ・つらつらノート

2019.04.13 【つらつらノート】 想いを支える力の来源 (その2)


                              ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 


さて、前回からの続きです。

 

孔子といえば、『三十にして立つ』、『四十にして惑わず』、『五十にして天命を知る』 という言葉などが有名ですが、あたかも天命を知る事は、自分の人生を 「これだ !! 」 と知る事であり、大変有意義なことのように思われます。しかし考えてみるに、誰にでも天命というものが与えられているのか、そして、果たして本当に天命というものがあるのか否か、 まぁそれは別にしても、「これだ !! 」 と思えるものが見つかったらそれでシアワセになれそうに思えるのだけれど、ホントにそうなのだろうかという事については、どうなんでしょうかねぇ ?
孔子の言った天命という言葉は、如何にもそう思っていたようにも思えるのですが、それは他人よりも自分に対する言葉であって、あくまでも仮の次第に過ぎないという事を能く知っていて使っていたのではなかろうか。 天命と言えども、己が天命と受け取るのであって、天が果たして本当に命を下しているのかということは、わからない。この 「わからない」 ということを、能く解っていたので、天と言う言葉を使っていても、決して神を崇めるような宗教者ではなかったと思われます。そして、天命など見つからなくても、その日その日を概ね懸命に生きていたら、別になくてもいいんじゃないか。天命のようなものがなくても、知らずに天の意思であることもあるのじゃないか、というふうにも、実は思っていたのではなかったか、とも思うのです。しかしそうであっても、孔子を支えていた高貴な強さ、潔さは、正に天のもののようです。彼をそのようにしていたものとは、一体何だったのでしょう  ?

 

小林秀雄氏が、川端康成氏のことを書いている中で、「犠牲者」という言い方をし、尚かつ、一種の「無能者」という言い方をしています。

 

正銘の芸術家にとっては、物が解るというような、
安易な才能は、才能の数には這入らない。
天賦の才が容易であるとは、間違いだ。
作家は、それを見附け出して信じなければならない。
そしてそれはその犠牲になることだ。
彼も亦その犠牲者、従って一種の無能者でもある。
        小林秀雄  「川端康成」 より

 

無能者と、よくも言い切れるか、とも思いますが、己の才覚を懸けてひとつの道を歩み続け、その道の上で死ねる人は、つまり無私の人でなければ本物ではない、と小林氏は言っているのですね。小林秀雄という人も、無私を目指していた人で、川端氏の生き様と死に様にある種畏敬の念を抱いていたように思えます。何か、一般の人は元より、非常に個性的な文士の中にあっても物事を見つめている視点が違うと云いますか、あまり欲目もなく静かな印象を受ける川端氏ですが、それでもその希有な才能を何十年と精力的に開花させ続けて生きることができたのは、我が身に潜んでいる「生」という存在と同程度かそれ以上の何かを摑んでいたからではなかったかと思います。自分の生身の人生を本当に犠牲にできるということは、それと引き換えに何かの力を得ていなければできる筈もなかったように思える訳です。自然の理を見れば、波の波形と同じで、マイナスを大きく取れば、その動きに合わせてバランスを取ろうとする力が働き、それに見合ったプラスの力を持つことに繋がってゆく。ただそれは眼に見えない力なので、その人でさえ本当の処は解り難くて、もう信じることしか先に進む方法はない訳です。犠牲を払ってまで欲しないのであれば、市井の人と同じように生きるしかない。ただひとつの事、それのみに生きてゆくというのは大変なことです。しかし、それのみとは、それしかできないということでもあって、それも、すぐに実用されて何かの役に立つようなことではない。そういうことしかできないというのは、確かに一種の無能者と見られても仕方がないこともあって、しかし当然、それはタダの無能者では有り得ない。そして、その犠牲もタダの犠牲に終わるものではなく、いつの日か、何かしら人知れず、無意識的な領域で人の為になり得る理というものを持っていることです。無私とは、全体に通じるものだからです。
しかし、全体から見たらタダの無能者でなくても、本人にしてみればタダの無能者のように思われ、自らも思うことは否めないことで、そこで本人にしか解らない苦痛・苦悩があって、そうなるともう、「天命などと言うことはおこがましい」 というふうになるのではなかろうか、と思うのです。しかしそのように強く否定することが、逆に心の中に全体的な視野を作っていったのかも知れない。文学という、人間存在・人間意識への深遠で途方もない探求に人並み外れた才能を注いできて、それを天だの命だのという意識からも遠ざけて、それでは彼は一体何を想いの支えにしていたのだったか ?  これもまた、不思議に思えます。 
天賦に恵まれ、才能に生きたように見える川端氏も、文学に生きることを 「これだ !! 」 と思って生きた人でしょうが、実のところは相当に苦しみ、惑いながら生きてきた人のようです。「彼の心の細やかさは誰にも解らなかった。その苦痛に疲れ果てたのではなかったか」、と言った人もいます。最期には僅かな枚数の原稿も書けなくなり、炎がフッと消えるように死んでしまった。実に彼の小説の終わり方のような死に方で、私は個人的に、彼らしい死に方であったように感じるのです。あの死に方は、彼が犠牲と引き換えにしたものによって、彼に相応しく選ばれたものではなかったか、と思うのです。しかし果たしてどうだったのかは彼にしか解らない。天命に生きたように見えたとしても、人の死に方というのは、これしかないという形のように思えます。

 

 つづく 

 

 

 


2019.03.23 【つらつらノート】 想いを支える力の来源 (その1)


                               ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。 

 

 

 井上靖氏、晩年の小説 『孔子』 の中で、孔子と弟子四人が或る国の皇帝を訪ねてゆく旅の途中、戦いに敗れた兵士の集団によって荷物一式を全部奪われてしまう一節があります。食べるものも着るものも寝具も奪われ、通りすがりの村落はどこも無人になっていて、食料と呼べる食べ物が何も手に入らない状態に陥ってしまいます。そうやって半ば飢え、朦朧とした足取りで移動し、辛抱に辛抱を重ねて旅を続けて、何日も経った日のこと。空腹と絶望感に歩き疲れて、全員が、もう一歩も動けなくなってしまいます。いくら修行を重ねていても、そこは生身の人間、苦しさにも限度があります。ある時、弟子の中では一番上の兄弟子が、ふらふらと孔子の前に立ちはだかります。孔子は、木に凭れて静かに琴を爪弾いている。兄弟子は孔子に向かって、 「君子も窮することがありますか  ?  」 と、まるで怒っているように、投げつけるように言いました。皆がこうして飢えて死んでゆくのであれば、一体、今まで我々は何をしていたことになるのか、と憤慨している様子です。そして何よりも、孔子ともあろう御方が、飢えておられるということが、哀しくもあり、腹立たしくもあったのでしょう。黙っている孔子を見て、兄弟子は、「君子も、窮することがありますか」とまた言いました。孔子は、琴を傍らにおくと、眼の前に立っている弟子に顔を向けて、

 

「君子、固 ( もと ) より窮す」 力の入った声でそう言い、追いかけるように、「小人、窮すれば、斯に濫る ( ここに乱る ) 」 と厳かに言い放ちます。

 

これを聞いた件の弟子は、暫くは立ったまま茫然自失となっていましたが、深々と孔子の方へ頭を下げると、そのまま大きく体を捻るように、何も持たぬ両手、両腕を大きく水平に広げ、それからゆっくりと体を音律にでものせるようにして動かし始めました。
飢えようが、死に瀕していようが、毅然として、己の品格を微塵も乱れさせない孔子の姿に、美しいものを間近に見た感動を覚え、嬉しくなってしまったのでしょう。そして思わず踊りだしてしまった。固唾を呑んで兄弟子の様子を窺っていた他の弟子たちも、この言葉に感動してしまいます。

 


 この孔子の言葉の奥にある想いとは、一体どのようなものだったのでしょう。

 

「天命を知り、その天に自分の命をかけて生きる者は、飢えたり死にそうになって窮地に陥ることは元より覚悟している。たとえ途上で死んでしまっても、天命をかけて生きてきた人生を悔いることはない。何があっても、天に命をかけた自分は変わらない。乱れない。」

 

果たしてあの言葉を言った時の彼の想いとはこういう感じだったのか、わかりませんが、しかしもっと真髄にある、彼の言葉の根底にある想いとはどのような想いであったのか。その想いは、一体何によって支えられていたのか、というところが不思議に思える訳です。別に孔子でなくても、「よくそこまでできるな」と感嘆するような事をやり遂げた人間の、その想い(或いは、信念)を支えていたものは何だったのか、と思う訳です。
確かに、言葉というものが想いを支えていると言っても過言ではありません。言葉や経験が支えているとも言える。が、しかし、その人の経験や言葉だけが支えているというふうにも思えないのです。
私は、孔子の儒教についてはあまり関心がある方ではないのですが、終生無冠の一学者としてこの人が生きた生き方には興味を覚えます。小説を読んでいて、このような場面に出会うと、一体何がこの人にこのような言葉を使わせたのか、一体何がその想いを培わせ、彼の人生の足跡を辿るに至ったのか、知りたくなります。 ( 晩年に至った井上氏が、孔子を通してこの小説で著したかった想いとは、果たしてどのようなものであったのか、という想いと重なります。 )

 

 

 


2019.02.17 【つらつらノート】 人間 この不思議な存在 ⑤

  

                               ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

 

 自分という意識のない状態、 「無我、無心」という境地について


前々回の『つらつらノート』、「人間、この不思議な存在 ④」の終わりに、
・・・ちなみに、禅の世界などで、自己の追求の果てにあるのは「無我、無心」である事を説く禅士がおります。前文での、他人と自己という対称的な関係とは違い、他人も自分も無い、もともと私などというものは無い、「無私」という世界観です。私など無いという観念で観ると、他人も無いのであって、他人が無ければ、すなわち自分も無いのであって、それってつまり何なのかと考えると、自分もまた他であり、他人もまた自である、とする考え方なのでしょう。
この辺りのことをつらつら考えるというのも面白そうですが、何やら難しそうです。またいつか書ければと思います。

 

・・・ と締め括って書きましたが、今回はここで、この「無私」について、画家の横尾忠則さんが著書の中に載せていた、禅僧の井上義衍老師談話の一部を紹介してみたいと思うのです。
自分と他人との関係を認識する、もうひとつの別のところで、「自分も他人もない」という見識を持っている人物のお話です。

 


『 仏道の教えというものは、何も釈尊の教えじゃないんです。
誰にでも同じように存在しているものを、自分は持っていないと思って迷ってそれを外に求めているのを見て、釈尊は人のものを学ぶんじゃなく、自分のものを自分が本当に学んで知ってゆくという事を示して、それを仏道と名付けられたのです。
確実に自分で根底に達しますとね、今度は疑おうとしても疑うことができなくなるんです。

 

自我というものが落ちてしまうことを一度味わうと、自我のない自分を発見することができます。
自我なんてのはあるという思い込みなのであって、実際にはないんだから。
実際にはもともと損も得もないでしょう。
損をしても得をしても、どれに対しても無条件で対処するようにできてる。
そういうふうに活動するようになっとる。
そう考えると生だの死だのっていう問題もなんでもなくなるでしょう。

 

運命なんてものはありませんよ。仏法は運命論ではなく因果論です。
釈尊は人間の考え方からすっかり離れて、生まれた時点まで遡られ、其処で悟られたことは、因果の実体らしいものは何ひとつないじゃないかということだったんです。
作るものも作られるものもない。それが因果です。
因果というのに種がない。因と思われているものも結局は因果関係によってできたんですからね。
縁も結果も主体らしきものはないんです。
縁にふれてただぶつかってすべてのことが次々に回転する。そのようにできておるんです。

 

自分というものが、如何に何も持ち物もない、如何に何も持ち得ない存在であるかということです。
其処に行き着くことです。
持っていないということは、持つ必要がないということですわ。だから、みんなあるんです。
必要なものはすでに持っているということです。実はみんな持っているということなんです。それが「智」です。
知ろうとすることすら必要ないんです。結局、もともと知っておるんですわ。                  』

 

                                                 井上義衍老師談話

 

 


2019.01.19 【つらつらノート】 だれも知らない


                              ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

 

今日、あなたがした事のすべてを、知る人はいない。誰も知らない。
今日一日、あなたが何を思い、何を考えいてたか、誰も知らない。
今日会った人々との間で、あなたが本当のところ何を思っていたのか、笑顔でいた時、ほんとうに喜んでいたのか、それとも無理して微笑んでいたのか  ?   それは誰にも解らないことだ。
身近にいる家族でさえ、あなたのすべてを知る人間はいない。
家族の誰であれ、たとえ親であれ、我が子であれ、今日あなたが何を思っていたか、考えていたか、誰も本当のあなたを知る人間はいない。

 

反対に、あなたもまた、彼ら一人一人のすべてを知らない。
あなたが知っているのは、およそ彼らの性格や来歴という輪郭の辺りに過ぎない。
彼らの過去は知っていても、今現在何が起こっているか、何を心の奥で想い、考えているのか、知り得ないことだ。

 

この地球上の七十数億の人たちが、今日一日、何をしていたか、何を思っていたか  ? 
ほんとうのところは誰も知らない。本人しか知らない。
「私のすべてを知る人間は 実のところ この地球上に一人もいないのだった」
アタリマエのことだったのだが、その事実を改めて知ると、なんとも言えない気持ちになる。
誰にも知られない部分とは、一体何のために存在しているのだろう  ? 
知能を持つとされる私たちだが、一体何を充分に知っているというのだろう  ? 
誰もが、一人ひとり、その人だけにしか解らない人生を生きているという事実。
なんという深い孤独、その深い孤独が、世界人口の数だけ存在する。
老人も、赤ちゃんも、子供も、大人も。
一人の例外もなく、こんなに深い孤独を抱えているというのに、ある程度解り合えているような振る舞いで平然と生きていられる不思議さ。
これは、なんという、すごい奇跡だろう。
そして、なんという愛おしさだろう。
そんなことが、見えにくいところで、実は私たちの世界に溢れている。
その暗虚を埋めるが如く、人は皆、人知れず、心の深いところで励ましあっている。

 

大切な人の深い孤独を知ると、愛の深さ大切さがわかってくる。

 

 


2018.12.01 【つらつらノート】 人間 この不思議な存在 ④

 

                             ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 


 自分って、一体誰なのでしょう  ? 

 

この世界の存在はすべてが対の関係で成り立っている、という事でいえば、自分という意識は他人との比較の対照から生じてくることになります。色の世界に白だけしかなかったら、それは白と呼ぶ必要もないように、この世界に自分しかしなかったら、自分という存在を意識することもないのかも知れない。「他」が存在するゆえに、「自」を自覚するというワケです。
ということは、自分という意識は、自分の自覚から発しているようであっても実はそうでなく、他人の存在意識との関係から生じていることになりますし、自意識の活動もそのような他人との関係性を土台にしたところから発生しているのかも知れない。

 

「他人がいなければ自意識もないのか  ?  」、という観点からつらつら考えてみると、「他」も「自」も意識しない、自意識のないという状態というのが、自分が何も思わない、思わない故に何も考えない人間だとしたら、どうでしょう ?  生きていることの意味も考えないし、思うことがないとしたら…。  比較する食べ物があれば、食べ物の美味しい、不味いは解るでしょうが、より美味しいものを探求するようなことはしないかも知れません。こういう状態を考えてみると、とにかく「自」に関心がないという事なのでしょうから、「他」に対しても関心がないでしょうし、宇宙がどうなっているかなんて、全然思わないのではないでしょうか。 そう考えてみると、もしかしたら、本能だけで生きている動物の感覚って、そういうものかも知れない。

 

他人を意識するという事 (他人を無意識的に意識する、という事も含めて) から始まって、そこから、自分という存在を意識し、自分とは何かと考えたり、そこからまた自分と関係している他事について想いを馳せたり、そのような事の積み重ねによって自分というものの意識の世界が膨らんでいく事を考えると、他人を意識するというその事がそもそもの発端であり第一ポイントであるとしたら、他人が存在するという事は、なんともスゴイ事であると思えてきます。
「人間は一人では生きられない」、などという言葉をよく耳にしますが、誰かが何かをしてくれているから、というのではなく、何もしなくてもただそこに存在しているというだけで、この自分の意識の世界が成り立っている、と考えると、なんとも不思議です。
もっとも、他人を意識する、といっても、意識的に意識するよりも先に、殆ど無意識のうちに認識している、その無意識的な働きなのですから、私たちがまったくその事実に気がつかないというのも、全然不思議な事ではないのですが・・・。

 

他人という存在、これを普段は当たり前な事として捉えながら、時には人間関係の難しさや煩わしさによって他人から離れていたい、一人になりたい、などと思うこともありますが、もしもこの存在がなくなってしまったら、行き着くところは人間も本能で生きているだけの動物と同じようになってしまうかも知れないのか、と考えると、・・・なんとも複雑な気持ちになってしまいます。
人間も動物のようであれば、確かに悩みなどはないかも知れないけれど、その変わりに生きる歓びが持てなくなってしまったら、それでは生きていることがあまり面白くないような気がしてしまいますが、しかし何も思わなければ、面白いも、面白くないもありません。
自分という意識を持ったり、何か面白いと思ったりすることは、つまりは他人という存在から始まって、他との繫がり、コミュニケーションがあるから生じているものであるようですが、それにしても、もしも自分の周りから誰もいなくなり、一人になって、他人という存在とのコミュニケーションができなくなってしまったら、果たして自分という感覚がなくなってしまうのでしょうかねぇ… ?

ただ、そうなってしまっても、わたしたちの想い(意識)の中、過去の記憶の中には、誰かしら心を通わせた人の存在というものがあると考えると、たとえ人っ子一人いない、まったくの孤独の状況下におかれてしまったとしても、意識の中で人との関係がなくなることはないし、自分という意識がなくなってしまうこともないのではないか、と思うのです。


しかし、少し別の角度から考えてみると、周りにあまり人がいないで済む生活というものや、何も考えないで一日一日を過ごすことができる人生は、なんと静かで平和であろうかとも思ってしまいます。そういう生活に疑問も抱かなければ、おそらく寂しいと思うこともないでしょう。それに、自分という意識感覚が希薄であれば、もしかしたら他人を見る眼も、現代を生きる私たちとは違って、用心すべき存在(或いは、敵対的な他者  ?  )として見ることはないかも知れない。他者に対しても、あまり区別する感覚なく、半ば自分の分身のように思うでしょうか ?

 

 

・・・

 

ちなみに、禅の世界などで、自己の追求の果てにあるのは「無私」である事を説く禅士がおります。
前文での、他人と自己という対称的な関係とは違い、他人も自分も無い、もともと私などというものは無い、という世界観です。
私など無いという観念で観ると、他人も無いのであって、乃ち自分も無いのであって、それってつまり何なのかと考えると、自分もまた他であり、他人もまた自である、とする考え方なのでしょう。
この辺りのことをつらつら考えるというのも面白そうですが、何やら難しそうです。またいつか書ければと思います。

 

 

 


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