お知らせ・つらつらノート

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お知らせ・つらつらノート一覧

 

 

私は、両親共に戦争体験者の家に育ってきたので、小さい頃からよく戦争当時の話を聞かされたものでした。
父は昭和十八年、二十歳の年に出兵して、満州北部にある飛行場で整備兵として従軍し、敗戦の後、どうにかこうにか、それこそ怖い思いを山ほどし、一年という月日をかけ、ボロボロになって日本に帰ってきた人でした。 母は静岡市内に住んでいて、空襲で大火傷を負ったり、兄の戦死、妹の栄養失調による衰弱死という大きな喪失の悲しみに遭いながら、それでも長女で下に五人もの妹弟と、空襲で大火傷を負った病弱な母親の食べるものを求めて一人で満員列車で買出しに行く。母の父親は、母が十三の歳に病気で亡くなっていましたし、上の二人の兄たちは戦争に取られていましたから、それこそ、まだ十七歳かそこらの娘の母が、一人で大黒柱となって昼夜なく働かないと、残された七人の家族が生きてゆけない状況にあったのでした。
そういう両親の、戦争当時の二人の話のあれこれを何度も聞いていると、子供心に、普段の自分の生活とまったく違う世界の話でしかない訳です。普段、食べるものが当たり前にあって、清潔な家があり、寝る布団があって、家族が揃っていて、明日も今日のように学校へ行って友達と遊んで過ごせる日々しか知らない者にとって、まるで遠い世界で起こった出来事のようで、子供心にも非常に貴重な話を聞いているという感じがあって、だからこそ飽きることなく黙って聞いていたのだと思うのですが、恐ろしいけれどもまったく興味深い、不思議な気持ちになる話だったのです。ホントに、そういう地獄のような恐ろしい状況の中を、よく生きてこられたな、と返す返す感心して、眼の前の二人を眺めていたことを思い出します。 母の話は、実際の日常生活に即しているものなので、実感として伝わってくる怖さがありました。例えば、物資が滞ったり不足してきて、食べるものがなくなり、栄養が落ちてくると、人間の体にどういうことが起こるのか。物資がまだ流通している間はいいのですが、アメリカ軍の空襲によって工場に爆弾が落とされたり、鉄道や道路などの流通の手段が絶たれたりすると、食料の配給が止まったり、水道が止まったり、電気が止まったりするだけでなく、身の回りの生活に必要な物資である石鹸や洗剤などが手に入らなくなるわけです。そういう状態がしばらく続くと、どうしても不衛生な日常生活と、食料の不足と偏りがちな栄養の失調状態になるものですから、お腹の回虫が湧いてきたりするのです。そうするとどうなるかというと、体中がむかむかして気分が悪くなり、放っておけば確実に病気になるものだから、トイレで自分でその回虫を出さなくてはならない。などという、いかにも「そんなのゼッタイにイヤだ」的な、耳を塞ぎたくなるような状況を聞いていると、空想するうちに実に恐ろしい気持ちになったものでした。また、食べるものがなくなって、大人が飢えると、時として人が違ってしまったように狂ってしまうことがある、という話など、なんとも不気味に思ったものでした。以前、作家の野坂昭如さんだったと思いますが、「二度と、飢えた大人の顔は見たくない」 と仰っているのを聞いた記憶があります。「飢えた子供の顔は二度と見たくない」、という言葉よりも、恐ろしく現実的な言葉だと思いました。

 

戦争の悲惨さは、戦場の現場だけに起こるものではなく、その国の、日々の暮らしの中に繰り広げられる現実も戦場となり、人の心をも戦場にしてしまうのです。空襲があって、沢山の人が死ぬと、犬が人間の内臓を食べていたりする。死んでいる人が、近所の街角の其処此処にあっても、慣れてくるともう驚かなくなるし、自分たちの生活、自分たちが生きてゆくことで精一杯で、路傍の人間の死を悲しむことすらしなくなってしまう。たまに腑と我に返って、その悲惨を悲惨とも思わない自分に愕然とする事があっても、また忘れてしまう。人の心が戦場と化すと、鬼にも蛇にもなるのが、人間というものの実体であるということ。そうやって生きてゆくしか生き延びることはできなかった、という現実。

 

振り返って、何故、あのような残酷で悲惨な戦争当時の話を子供に繰り返し聞かせていたのか、を思うと、やはり、自分の子供にはゼッタイに同じ経験をさせたくないという思いからだったように感じます。父や母からすれば、半ば、国のやる事、政治家たちの言う事など安易に信用できない心根ができていて、この先いつまた突然戦争が起こるかわからない。戦争が起こりそうになった時に、戦争は絶対にしてはいけないもの、起こさせてはいけないもの、という意識を子供に植え付けておきたかったのだと思います。

 

戦争の悲惨さというのは、同じ戦争を体験した人でも、肉親の悲惨な死や、耐え難い悲しみや、屈辱や、自分の身に起きた苦痛や苦闘を幾つも経験した人と、そのような悲惨な経験をあまりせずに済んで生きてこられた人とでは、戦争に対する心の深いところでの受け止め方がぜんぜん違うようです。私の母方の方は、それを体験した人たちでしたが、父方の方は、そうではなかった。母の言う事を、父は本当に理解し得なかったという印象があるのですが、父は国の為に戦った人でしたから、そのような心の傷みの深さの違いというのも、言葉や情などで埋まるものではないようでした。

 

人類の歴史の中で、限りなく戦争が繰り返されているのは、いつの時でもそうした耐え難い悲しみも苦痛も知らないその国の強い権力者やその賛同者たちということからしても、この先の未来において、更に戦争が大規模なものになっていって、地球上の人間のすべてに近い人たちが痛手を負わない限り、すなわち、人類の歴史に未だかつて無い、人類が全滅するような全面核戦争にでも行き着かない限り、なくなりはしないような気持ちになってしまいます。本当に、大事の前の小事の段階で、本当の悲惨と苦痛がどのようなものなのか、気づいて欲しいと思います。
誰もが決して望んでいる事ではないのに、どうしてそうなってしまうのか、謎のようですが、人間が一人一人であるうちはそうでなくても、人と人とが数の力で結ばれてゆくと、事態や場合によっては、正しくない事が正しい事のようになっていってしまうようです。

 

 

 


 

                              ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

 

井上氏の 『孔子』 の最後では、苦労して訪ねていった楚の国の皇帝・昭王が、孔子たちが到着して間もなく死んでしまいます。弟子たちは途方に暮れて、孔子が続ける沈黙に耐え続けます。何しろ四十年もの長い間、策を巡らし夢に見ていた和平の礎となる昭王との謁見が、あろうことか自分たちが訪ねてきたのを待つように、昭王その人の他界により、実に呆気なく雲散霧消してしまったのです。例えようもない衝撃であったのは想像に難くない。しかし、昭王の棺を見送った夜、弟子たちを集めて孔子が言った言葉は、すべてを水に流したように明るい声で 「故国へ帰ろう」 というものでした。 普通、すこしでも私利私欲の欲情があったら、弟子を前にして天に説教でもするところでしょうが、ここでも乱れることなく、天に命をかけている証しのように、天の取った成り行きに対して潔く自分の進路を決めています。
人間というのは、いざとなった時にどうなるか、という処にその人間の本性 ( 真価 ) が表れるもので、「いざという時」になって見ないことには、なかなか解らないものです。そういう時に、その人間の本性が現れて、人が変わってしまうことが多い。孔子を乱れさせなかったのは、孔子の中に貫かれた信念のようなものがあったからというだけでなく、そういう人間というものを散々見てきたということも要素になっているのだと思われます。

 

それぞれの人が「その人」という人物を生きているのと同じように、孔子という人も、川端康成という人も、ただひたすらに、自分の中にある自己を懸命に追って生きていた人であったように思います。想いを支えていたものとは、もしかしたら、自分という存在の本質、或いは人生の意味を深める対象として、このような自分でありたいと強く思うもう一人の自分の後ろ姿にあったのかも知れません。

 

 

天から与えられた自分を生きること、正にそれが天命に違いない。
しかし、自分を生きるといっても、我を通すことではない。
自分の中にある彼岸、永遠の魂に通じるものを見つめて生きること。
これ即ち、天命に然り。

 

天命を知り、その天命に自分の命をかけて生きる者は、
飢えたり死にそうになって窮地に陥ることは元より覚悟している。
たとえ途上で死んでしまっても、天命をかけて生きてきたことを悔いることはない。
何があっても、天に命をかけた自分は変わらない。乱れない。

 

困難なものに立ち向かおうとする者は、常に窮する上に生きている。
楽を追い、困難を避けて生きる小人は、窮すれば忽ち乱れてしまう。
愚痴を言い、腹を立て、処構わず貪り、
誇りを捨て、尊厳を捨て、信頼に捨てられる。

 

己を生きて闘っている者は、常に傷つき、困窮している。
己を生きるとは、満身創痍になる覚悟がいる。
楽に勝つなどは、子供と闘うようなものだ。
自己の力を凌いで闘おうとする者は、楽に勝つような生き方はしない。

 

 

 



                              ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 


さて、前回からの続きです。

 

孔子といえば、『三十にして立つ』、『四十にして惑わず』、『五十にして天命を知る』 という言葉などが有名ですが、あたかも天命を知る事は、自分の人生を 「これだ !! 」 と知る事であり、大変有意義なことのように思われます。しかし考えてみるに、誰にでも天命というものが与えられているのか、そして、果たして本当に天命というものがあるのか否か、 まぁそれは別にしても、「これだ !! 」 と思えるものが見つかったらそれでシアワセになれそうに思えるのだけれど、ホントにそうなのだろうかという事については、どうなんでしょうかねぇ ?
孔子の言った天命という言葉は、如何にもそう思っていたようにも思えるのですが、それは他人よりも自分に対する言葉であって、あくまでも仮の次第に過ぎないという事を能く知っていて使っていたのではなかろうか。 天命と言えども、己が天命と受け取るのであって、天が果たして本当に命を下しているのかということは、わからない。この 「わからない」 ということを、能く解っていたので、天と言う言葉を使っていても、決して神を崇めるような宗教者ではなかったと思われます。そして、天命など見つからなくても、その日その日を概ね懸命に生きていたら、別になくてもいいんじゃないか。天命のようなものがなくても、知らずに天の意思であることもあるのじゃないか、というふうにも、実は思っていたのではなかったか、とも思うのです。しかしそうであっても、孔子を支えていた高貴な強さ、潔さは、正に天のもののようです。彼をそのようにしていたものとは、一体何だったのでしょう  ?

 

小林秀雄氏が、川端康成氏のことを書いている中で、「犠牲者」という言い方をし、尚かつ、一種の「無能者」という言い方をしています。

 

正銘の芸術家にとっては、物が解るというような、
安易な才能は、才能の数には這入らない。
天賦の才が容易であるとは、間違いだ。
作家は、それを見附け出して信じなければならない。
そしてそれはその犠牲になることだ。
彼も亦その犠牲者、従って一種の無能者でもある。
        小林秀雄  「川端康成」 より

 

無能者と、よくも言い切れるか、とも思いますが、己の才覚を懸けてひとつの道を歩み続け、その道の上で死ねる人は、つまり無私の人でなければ本物ではない、と小林氏は言っているのですね。小林秀雄という人も、無私を目指していた人で、川端氏の生き様と死に様にある種畏敬の念を抱いていたように思えます。何か、一般の人は元より、非常に個性的な文士の中にあっても物事を見つめている視点が違うと云いますか、あまり欲目もなく静かな印象を受ける川端氏ですが、それでもその希有な才能を何十年と精力的に開花させ続けて生きることができたのは、我が身に潜んでいる「生」という存在と同程度かそれ以上の何かを摑んでいたからではなかったかと思います。自分の生身の人生を本当に犠牲にできるということは、それと引き換えに何かの力を得ていなければできる筈もなかったように思える訳です。自然の理を見れば、波の波形と同じで、マイナスを大きく取れば、その動きに合わせてバランスを取ろうとする力が働き、それに見合ったプラスの力を持つことに繋がってゆく。ただそれは眼に見えない力なので、その人でさえ本当の処は解り難くて、もう信じることしか先に進む方法はない訳です。犠牲を払ってまで欲しないのであれば、市井の人と同じように生きるしかない。ただひとつの事、それのみに生きてゆくというのは大変なことです。しかし、それのみとは、それしかできないということでもあって、それも、すぐに実用されて何かの役に立つようなことではない。そういうことしかできないというのは、確かに一種の無能者と見られても仕方がないこともあって、しかし当然、それはタダの無能者では有り得ない。そして、その犠牲もタダの犠牲に終わるものではなく、いつの日か、何かしら人知れず、無意識的な領域で人の為になり得る理というものを持っていることです。無私とは、全体に通じるものだからです。
しかし、全体から見たらタダの無能者でなくても、本人にしてみればタダの無能者のように思われ、自らも思うことは否めないことで、そこで本人にしか解らない苦痛・苦悩があって、そうなるともう、「天命などと言うことはおこがましい」 というふうになるのではなかろうか、と思うのです。しかしそのように強く否定することが、逆に心の中に全体的な視野を作っていったのかも知れない。文学という、人間存在・人間意識への深遠で途方もない探求に人並み外れた才能を注いできて、それを天だの命だのという意識からも遠ざけて、それでは彼は一体何を想いの支えにしていたのだったか ?  これもまた、不思議に思えます。 


天賦に恵まれ、才能に生きたように見える川端氏も、文学に生きることを 「これだ !! 」 と思って生きた人であったでしょうが、実のところ、幼少の頃に父、そして母とも相次いで死に別れ、たった一人の姉とも離れて暮らす境遇にあって、幼いうちから身体が弱く、その反面、精神的な働きの感性が鋭い少年であったそうで、大人になってからも身体の異変が絶えず、ひどい不眠の症状などでも相当に苦しみ、書くことにも四苦八苦するようになって、生涯惑いながら生きてきた人のようです。彼を知る人の言葉に、彼の死について、「彼の心の細やかさは誰にも解らなかった。その苦痛に疲れ果てたのではなかったか」、と言った人もいます。最期には僅かな枚数の原稿も書けなくなり、そしてある日、如何にも風に誘われて唐突に旅立ったかのように、炎がフッと消えるように死んでしまった。実に彼の小説の終わり方のような死に方で、私は個人的に、ひじょうに彼らしい死に方であったように感じるのです。しかし果たしてどうだったのかは彼にしか解らない。天命に生きたように見えたとしても、人の死に方というのは、これしかないという形のように思えます。

 

 つづく 

 

 

 



                               ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。 

 

 

 井上靖氏、晩年の小説 『孔子』 の中で、孔子と弟子四人が或る国の皇帝を訪ねてゆく旅の途中、戦いに敗れた兵士の集団によって荷物一式を全部奪われてしまう一節があります。食べるものも着るものも寝具も奪われ、通りすがりの村落はどこも無人になっていて、食料と呼べる食べ物が何も手に入らない状態に陥ってしまいます。そうやって半ば飢え、朦朧とした足取りで移動し、辛抱に辛抱を重ねて旅を続けて、何日も経った日のこと。空腹と絶望感に歩き疲れて、全員が、もう一歩も動けなくなってしまいます。いくら修行を重ねていても、そこは生身の人間、苦しさにも限度があります。ある時、弟子の中では一番上の兄弟子が、ふらふらと孔子の前に立ちはだかります。孔子は、木に凭れて静かに琴を爪弾いている。兄弟子は孔子に向かって、 「君子も窮することがありますか  ?  」 と、まるで怒っているように、投げつけるように言いました。皆がこうして飢えて死んでゆくのであれば、一体、今まで我々は何をしていたことになるのか、と憤慨している様子です。そして何よりも、孔子ともあろう御方が、飢えておられるということが、哀しくもあり、腹立たしくもあったのでしょう。黙っている孔子を見て、兄弟子は、「君子も、窮することがありますか」とまた言いました。孔子は、琴を傍らにおくと、眼の前に立っている弟子に顔を向けて、

 

「君子、固 ( もと ) より窮す」 力の入った声でそう言い、追いかけるように、「小人、窮すれば、斯に濫る ( ここに乱る ) 」 と厳かに言い放ちます。

 

これを聞いた件の弟子は、暫くは立ったまま茫然自失となっていましたが、深々と孔子の方へ頭を下げると、そのまま大きく体を捻るように、何も持たぬ両手、両腕を大きく水平に広げ、それからゆっくりと体を音律にでものせるようにして動かし始めました。
飢えようが、死に瀕していようが、毅然として、己の品格を微塵も乱れさせない孔子の姿に、美しいものを間近に見た感動を覚え、嬉しくなってしまったのでしょう。そして思わず踊りだしてしまった。固唾を呑んで兄弟子の様子を窺っていた他の弟子たちも、この言葉に感動してしまいます。

 


 この孔子の言葉の奥にある想いとは、一体どのようなものだったのでしょう。

 

「天命を知り、その天に自分の命をかけて生きる者は、飢えたり死にそうになって窮地に陥ることは元より覚悟している。たとえ途上で死んでしまっても、天命をかけて生きてきた人生を悔いることはない。何があっても、天に命をかけた自分は変わらない。乱れない。」

 

果たしてあの言葉を言った時の彼の想いとはこういう感じだったのか、わかりませんが、しかしもっと真髄にある、彼の言葉の根底にある想いとはどのような想いであったのか。その想いは、一体何によって支えられていたのか、というところが不思議に思える訳です。別に孔子でなくても、「よくそこまでできるな」と感嘆するような事をやり遂げた人間の、その想い(或いは、信念)を支えていたものは何だったのか、と思う訳です。
確かに、言葉というものが想いを支えていると言っても過言ではありません。言葉や経験が支えているとも言える。が、しかし、その人の経験や言葉だけが支えているというふうにも思えないのです。
私は、孔子の儒教についてはあまり関心がある方ではないのですが、終生無冠の一学者としてこの人が生きた生き方には興味を覚えます。小説を読んでいて、このような場面に出会うと、一体何がこの人にこのような言葉を使わせたのか、一体何がその想いを培わせ、彼の人生の足跡を辿るに至ったのか、知りたくなります。 ( 晩年に至った井上氏が、孔子を通してこの小説で著したかった想いとは、果たしてどのようなものであったのか、という想いと重なります。 )

 

 

 


  

                               ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

 

 自分という意識のない状態、 「無我、無心」という境地について


前々回の『つらつらノート』、「人間、この不思議な存在 ④」の終わりに、
・・・ちなみに、禅の世界などで、自己の追求の果てにあるのは「無我、無心」である事を説く禅士がおります。前文での、他人と自己という対称的な関係とは違い、他人も自分も無い、もともと私などというものは無い、「無私」という世界観です。私など無いという観念で観ると、他人も無いのであって、他人が無ければ、すなわち自分も無いのであって、それってつまり何なのかと考えると、自分もまた他であり、他人もまた自である、とする考え方なのでしょう。
この辺りのことをつらつら考えるというのも面白そうですが、何やら難しそうです。またいつか書ければと思います。

 

・・・ と締め括って書きましたが、今回はここで、この「無私」について、画家の横尾忠則さんが著書の中に載せていた、禅僧の井上義衍老師談話の一部を紹介してみたいと思うのです。
自分と他人との関係を認識する、もうひとつの別のところで、「自分も他人もない」という見識を持っている人物のお話です。

 


『 仏道の教えというものは、何も釈尊の教えじゃないんです。
誰にでも同じように存在しているものを、自分は持っていないと思って迷ってそれを外に求めているのを見て、釈尊は人のものを学ぶんじゃなく、自分のものを自分が本当に学んで知ってゆくという事を示して、それを仏道と名付けられたのです。
確実に自分で根底に達しますとね、今度は疑おうとしても疑うことができなくなるんです。

 

自我というものが落ちてしまうことを一度味わうと、自我のない自分を発見することができます。
自我なんてのはあるという思い込みなのであって、実際にはないんだから。
実際にはもともと損も得もないでしょう。
損をしても得をしても、どれに対しても無条件で対処するようにできてる。
そういうふうに活動するようになっとる。
そう考えると生だの死だのっていう問題もなんでもなくなるでしょう。

 

運命なんてものはありませんよ。仏法は運命論ではなく因果論です。
釈尊は人間の考え方からすっかり離れて、生まれた時点まで遡られ、其処で悟られたことは、因果の実体らしいものは何ひとつないじゃないかということだったんです。
作るものも作られるものもない。それが因果です。
因果というのに種がない。因と思われているものも結局は因果関係によってできたんですからね。
縁も結果も主体らしきものはないんです。
縁にふれてただぶつかってすべてのことが次々に回転する。そのようにできておるんです。

 

自分というものが、如何に何も持ち物もない、如何に何も持ち得ない存在であるかということです。
其処に行き着くことです。
持っていないということは、持つ必要がないということですわ。だから、みんなあるんです。
必要なものはすでに持っているということです。実はみんな持っているということなんです。それが「智」です。
知ろうとすることすら必要ないんです。結局、もともと知っておるんですわ。                  』

 

                                                 井上義衍老師談話

 

 



                              ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

 

今日、あなたがした事のすべてを、知る人はいない。誰も知らない。
今日一日、あなたが何を思い、何を考えいてたか、誰も知らない。
今日会った人々との間で、あなたが本当のところ何を思っていたのか、笑顔でいた時、ほんとうに喜んでいたのか、それとも無理して微笑んでいたのか  ?   それは誰にも解らないことだ。
身近にいる家族でさえ、あなたのすべてを知る人間はいない。
家族の誰であれ、たとえ親であれ、我が子であれ、今日あなたが何を思っていたか、考えていたか、誰も本当のあなたを知る人間はいない。

 

反対に、あなたもまた、彼ら一人一人のすべてを知らない。
あなたが知っているのは、およそ彼らの性格や来歴という輪郭の辺りに過ぎない。
彼らの過去は知っていても、今現在何が起こっているか、何を心の奥で想い、考えているのか、知り得ないことだ。

 

この地球上の七十数億の人たちが、今日一日、何をしていたか、何を思っていたか  ? 
ほんとうのところは誰も知らない。本人しか知らない。
「私のすべてを知る人間は 実のところ この地球上に一人もいないのだった」
アタリマエのことだったのだが、その事実を改めて知ると、なんとも言えない気持ちになる。
誰にも知られない部分とは、一体何のために存在しているのだろう  ? 
知能を持つとされる私たちだが、一体何を充分に知っているというのだろう  ? 
誰もが、一人ひとり、その人だけにしか解らない人生を生きているという事実。
なんという深い孤独、その深い孤独が、世界人口の数だけ存在する。
老人も、赤ちゃんも、子供も、大人も。
一人の例外もなく、こんなに深い孤独を抱えているというのに、ある程度解り合えているような振る舞いで平然と生きていられる不思議さ。
これは、なんという、すごい奇跡だろう。
そして、なんという愛おしさだろう。
そんなことが、見えにくいところで、実は私たちの世界に溢れている。
その暗虚を埋めるが如く、人は皆、人知れず、心の深いところで励ましあっている。

 

大切な人の深い孤独を知ると、愛の深さ大切さがわかってくる。

 

 


 

                             ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 


 自分って、一体誰なのでしょう  ? 

 

この世界の存在はすべてが対の関係で成り立っている、という事でいえば、自分という意識は他人との比較の対照から生じてくることになります。色の世界に白だけしかなかったら、それは白と呼ぶ必要もないように、この世界に自分しかしなかったら、自分という存在を意識することもないのかも知れない。「他」が存在するゆえに、「自」を自覚するというワケです。
ということは、自分という意識は、自分の自覚から発しているようであっても実はそうでなく、他人の存在意識との関係から生じていることになりますし、自意識の活動もそのような他人との関係性を土台にしたところから発生しているのかも知れない。

 

「他人がいなければ自意識もないのか  ?  」、という観点からつらつら考えてみると、「他」も「自」も意識しない、自意識のないという状態というのが、自分が何も思わない、思わない故に何も考えない人間だとしたら、どうでしょう ?  生きていることの意味も考えないし、思うことがないとしたら…。  比較する食べ物があれば、食べ物の美味しい、不味いは解るでしょうが、より美味しいものを探求するようなことはしないかも知れません。こういう状態を考えてみると、とにかく「自」に関心がないという事なのでしょうから、「他」に対しても関心がないでしょうし、宇宙がどうなっているかなんて、全然思わないのではないでしょうか。 そう考えてみると、もしかしたら、本能だけで生きている動物の感覚って、そういうものかも知れない。

 

他人を意識するという事 (他人を無意識的に意識する、という事も含めて) から始まって、そこから、自分という存在を意識し、自分とは何かと考えたり、そこからまた自分と関係している他事について想いを馳せたり、そのような事の積み重ねによって自分というものの意識の世界が膨らんでいく事を考えると、他人を意識するというその事がそもそもの発端であり第一ポイントであるとしたら、他人が存在するという事は、なんともスゴイ事であると思えてきます。
「人間は一人では生きられない」、などという言葉をよく耳にしますが、誰かが何かをしてくれているから、というのではなく、何もしなくてもただそこに存在しているというだけで、この自分の意識の世界が成り立っている、と考えると、なんとも不思議です。
もっとも、他人を意識する、といっても、意識的に意識するよりも先に、殆ど無意識のうちに認識している、その無意識的な働きなのですから、私たちがまったくその事実に気がつかないというのも、全然不思議な事ではないのですが・・・。

 

他人という存在、これを普段は当たり前な事として捉えながら、時には人間関係の難しさや煩わしさによって他人から離れていたい、一人になりたい、などと思うこともありますが、もしもこの存在がなくなってしまったら、行き着くところは人間も本能で生きているだけの動物と同じようになってしまうかも知れないのか、と考えると、・・・なんとも複雑な気持ちになってしまいます。
人間も動物のようであれば、確かに悩みなどはないかも知れないけれど、その変わりに生きる歓びが持てなくなってしまったら、それでは生きていることがあまり面白くないような気がしてしまいますが、しかし何も思わなければ、面白いも、面白くないもありません。
自分という意識を持ったり、何か面白いと思ったりすることは、つまりは他人という存在から始まって、他との繫がり、コミュニケーションがあるから生じているものであるようですが、それにしても、もしも自分の周りから誰もいなくなり、一人になって、他人という存在とのコミュニケーションができなくなってしまったら、果たして自分という感覚がなくなってしまうのでしょうかねぇ… ?

ただ、そうなってしまっても、わたしたちの想い(意識)の中、過去の記憶の中には、誰かしら心を通わせた人の存在というものがあると考えると、たとえ人っ子一人いない、まったくの孤独の状況下におかれてしまったとしても、意識の中で人との関係がなくなることはないし、自分という意識がなくなってしまうこともないのではないか、と思うのです。


しかし、少し別の角度から考えてみると、周りにあまり人がいないで済む生活というものや、何も考えないで一日一日を過ごすことができる人生は、なんと静かで平和であろうかとも思ってしまいます。そういう生活に疑問も抱かなければ、おそらく寂しいと思うこともないでしょう。それに、自分という意識感覚が希薄であれば、もしかしたら他人を見る眼も、現代を生きる私たちとは違って、用心すべき存在(或いは、敵対的な他者  ?  )として見ることはないかも知れない。他者に対しても、あまり区別する感覚なく、半ば自分の分身のように思うでしょうか ?

 

 

・・・

 

ちなみに、禅の世界などで、自己の追求の果てにあるのは「無私」である事を説く禅士がおります。
前文での、他人と自己という対称的な関係とは違い、他人も自分も無い、もともと私などというものは無い、という世界観です。
私など無いという観念で観ると、他人も無いのであって、乃ち自分も無いのであって、それってつまり何なのかと考えると、自分もまた他であり、他人もまた自である、とする考え方なのでしょう。
この辺りのことをつらつら考えるというのも面白そうですが、何やら難しそうです。またいつか書ければと思います。

 

 

 


 

                                ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。
 

 果たして、人間の意識は永遠に不滅なものなのか  ? 

 

しかし本当に、人間の意識は、果たして不滅で永遠のものなのでしょうか ?  私たちの日常的な意識からすれば、私たちの意識は死ねば消失してしまう、というのが一般的です。不滅で永遠だなんて、とても想像できませんし、容易には納得できません。
ハムレットではないけれど、肉体が死んでも、それで終わりでないとしたら、と考え始めると、コワイですよね。考えて解ることではないのですが、「本当に、どうなっちゃうのか  ?  」、なんて思ってしまいます。

私の場合、死がどのようなものであって欲しいかというと、どちらかと言えば、この意識が永遠に続くよりも、永遠の眠りに着くように、死んだら何もない真っ暗闇の方が断然いいように思います。いろいろな事があった一日を終えてヘトヘトになって布団に入って、もう何もしなくていい安堵感に包まれて深い眠りに着くように、決して誰にも起こされることもなく、意識を呼び覚ますような夢を見ることもなく、永遠の静寂の闇の中でゆっくりと静かに眠り続けていられるようであったら、どんなに幸福かというふうに思います。だけどそんなに都合良くこの人生が終われるものだろうか、とも思ってしまいます。

しかし、意識というものが情報というエネルギーの一種であるとすれば、エネルギーは物理学で証明されているように保存されるかも知れない訳ですから、形骸は消失しても、そのエネルギーの本質はどこかに保存されて消滅することはない、のだとしたら  ?    仮に、「エネルギー保存の法則」の通りになったら、例え死んでも、『何か』が残るかも知れないんです。それは私たちが意識として感じているものとは、もしかしたら随分と違うものかも知れない。

 

意識というものを格段に解体した先にある、無意識の深遠な深さに通じるところのものであるような気がしますが、それを昔の人は、『魂』という言葉で伝えてきたように思えます。たまに、タマシイなんて迷信のような感じで否定する人がおりますけれども、生きている人間の複雑さ、人生というものの不可解さなどを鑑みて考えてみると、人間の想いというものも森羅万象の力の一形態であるとすれば、そのような迷信に似た訳の解らない特異的な存在も、ひょっとしてあるかも知れないと思えるのです。

 

そんなところまで考えてみると、人間って本当に不思議なイキモノだなぁと思います。
そのように思っている自分という存在が、そもそも不思議な存在であるわけです。
自分とは一体何か、という事を考え出すと、考えれば考える程に解らなくなってしまいます。

「自分とは一体何か」、とと考える時に意識する、その意識するという現象を考えてみても、何だかワカラナイ。養老孟司さんの著書の中に、東大の医学部の学生が授業中に、眠り薬が効く理由を教授に質問したところ、苦々しい顔で睨まれた、というエピソードがあって、要するに、医学的に何故眠り薬が効くのかを説明できないくらいに人間の精神の何たるかを説明できないのが、医学界の現状であるとの事なのです。
果たして、この意識、精神とは自分のこの身体の中の一体どこにあるのか ? という問いに対しても、脳の周辺に由来して存在するようにも思えますが、精神とは身体の一体どこにあるのか、意識は脳のどこで働いているのか、という問題は、まだ謎のようです。何しろ、精神とは、非物質で、心とは何  ?  、愛とは  ? 、などという人間の永遠の問いと同じようなのです。

 

この身体に秘めている生命のエネルギーとは、何なのでしょう  ? 
人間の身体の中で、肉体を成長させ、そして衰退へ導き、終いには抜け出て行くエネルギー。
何処からか来て、共に生きて、何処かへ行ってしまう。
細胞群を成長させる生のエネルギーと、細胞を死滅させる死のエネルギーは、まったく同じエネルギーのようです。

 

 

 


                                ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

 情報って、一体何なのでしょう  ? 

 

情報って、一体何なのでしょうね。一体どこからやって来て、何をしようとしているのか。誰それがどうしたとか、何処で何が起きたとか、それが私たちに届いて、それでどうなるのか  ?   そうしてやがて社会を変えてゆくというのか、私たち人間がすこしづつ変わってゆくというのか。時代が変わってゆくというのは、それは情報の伝わり方によるものなのか。もしも、新しい情報が何も入ってこないままでいたら、時代や社会も変わらないものなのか。つまり、社会や時代という大きなものを変えているのは、私たちの間に流れている情報というものの力による現象なのか。 人々が会話したり、テレビを見たり、新聞を読んだり、本を読んだり、そういう事の連鎖が次第に変化の力となって、時には何処かで誰かが情報操作などをしながら、何かを変えるべく情報というものが流れていって、社会や時代や人々の意識の変化が起こっているという事なのか。

そのように考えると、情報というのは、何気ない日常の中で見たり聞いたり話したりしている事であっても、私たちが考えているよりもとても大きな力を持って、いつの間にか私たちの幸福や不幸を支配しているという事なのでしょうか ?

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このように書いてしまうと、情報に支配されているだけのようですが、もしも自分を変えたいのなら、外からの情報に支配されることなく、己の変えたい方向へ情報を操作してみるのも、情報の使い方ですし、自分の裡なる情報を如何に自己流に創ってゆくか、という次第かとも思えます。

 

今世紀になってからというもの、それまで情報の多くを占めていたテレビやラジオ、新聞や書籍の時代は、だんだんと過去の遺物のようなものになり、情報手段のメインはインターネットの時代に変わり、更にネットを通じた小型コンピューター端末器との会話による情報化時代になろうとしています。
このようなネットの世界は、それこそ情報の世界です。世界中のたくさんのコンピューターで繫がった情報があっちからこっちから流れていて、必要な情報を捉えようと、多くの人が端末機器を操作している。文字や数字や図形で表される情報は、しかし流れている時は無形のものです。空中を飛んでいる電波、電話線や光ファイバーの中をどんな情報が流れているかは見えません。情報というのは物質ではない訳ですが、ただ物質の中を通って流れることができる。電波で飛んでくる情報も、それだけでは何も見えないが、物質(テレビやスマホなどの端末機器)を媒体にしてはじめて、それがどのような情報なのか見える形となって現れる。物質に関与してこそ、情報が形になって、そこからいろいろモノ(人の行動や、機械や)を動かすエネルギーとなる。

 

ですから、情報というエネルギーの性質として、物質のある所には、何らかの情報が帯びていると言えるかも知れません。何らかの情報を帯びているから、他の物質に帯びている情報によって多様な変化の連鎖が起こるとも考えられるわけです。

そのようにして考えてみると、花でも、石でも、気に入ったアクセサリーでも、何故か妙に気に入っているものというのは、何らかの形で私たちの意識や気持ちの中にある情報と情報交換をして、私たちの意識を動かし、行動を促しているのかも知れません。

 

時に、何かを無性にしたくなったり、食べたくなったり、何処かへ行きたくなったりするのを思うと、私たちの体を動かしている生命というエネルギーも、確かに何かの情報なのだと思うのです。しかし、何の目的のための情報なのでしょう ?   この情報は、何に使うために私たちに備わっているのでしょう ?   そんなことは誰にも解りませんね。未知なものなのでしょう。けれど、私たちはそれを持っている事実があります。 私たちは、一人一人がある種の複雑で厖大な情報を持っていて、その情報を形にするために肉体という物質を通して様々なエネルギーを代謝させているのではないかしらん … ( 例えば、飛行機を作ったり、絵を描いたり、人を好きになったり…)。

 

肉体がハードウェアで、精神がソフトで、とすると、私たちが持っている記憶の情報やこの意識も、ソフトです。 PC だったら削除すれば記憶は消えますが(コンピューターに詳しい人によっては、削除しても消えるわけではない、という人もおられますが)、私たちの意識…潜在意識にある記憶というのは、埋もれはしても、完全に消去というのは難しいもののようです。
意識を情報として考え、エネルギーとして考えると、物理学の「エネルギー保存の法則」の通りに、不滅なものであるかのように思えますが、エネルギーといっても色々な形態のものがあり( 磁力エネルギー、電気エネルギー、化学エネルギー、重力エネルギー、などなど )、エネルギーであればすべてが保存されるという証明はされていません。しかし、地球が誕生し、生物が存在するようになり、次第に多種多様な生命が育まれ、それぞれの生物がその生と死の連鎖の中で代々受け継がれ進化して来た「遺伝情報」というものを考えると、その情報の保存性の高さを否定することはできないのではなかろうかと思いますし、そもそも身体を作る遺伝情報を動かしているのが、無意識的な身体の働きという解釈であれば、意識や無意識の情報としてのエネルギーというものも、身体の遺伝情報と同じように保存性の高さを有するものであるかと思えるのですが・・・。

 

 


                                ☆ 「つらつら」とは、念入りに、つくづく、という意味の言葉です。

 

ときどき、人間って一体何なのだろう、と思うことがあります。一体、何のためにこんなことをしているのか。結局、何を求めているのだろう、と漠然と考えてしまうことってありませんか ? 
求めるものは、それが手の内に入って暫くすると何やら当たり前のものに思えてきて、次のものを求めている自分に気がつきます。求めているのは確かに自分なので、その時は本当に自分が求めているように思っているのですが、それを繰り返してゆくと腑と気づくのです。本当は自分は何を求めているのだろうか、と。現れては消えてゆく欲求はただ単に生理的 ( もしかすると動物的 ? ) な衝動でしかなかったのではないか、と。

 

これはヒジョーに空しい気持ちがします。まるで頭を使っていないみたいでクリエイティブじゃない。若いうちならまだそれも許せるように思えますが、いつまでもそんなことをしているのはどうも精神が未熟過ぎるのではないか、と思うのです。肉体的な生理現象は致し方がないとしても、精神的な生理現象については、レベルのようなものがあるように思えます。
しかし、果たしてその精神とは一体どこにあるのでしょう ? 脳の周辺に由来して存在するようにも思えますが、一体どこに精神があるかはまだ謎のようです。何しろ、精神とは、非物質なのです。

 

精神は、やはり、肉体の中にあるのではないか  ?    「そんなのはアタリマエだ」と言われそうですが、しかし、精神とはやはり物質ではないだろうから、肉体という物質そのものとは違うものだろう 。  …ということは、肉体というのは、単なるアタリマエの物質ではないことになる。物質であって物質でないモノ。つまり、そのモノの中には眼に見えない厖大な情報が入っていて、血液やホルモン物質などといっしょにグルグルと活動しているのではなかろうか、と。
そのような見方をしてゆくと、我々人間というのは、非常に不可思議な存在ですね。

 


 人の身体の中にある「情報」

 

医学書などをめくると、ヒトは 60兆個もの細胞から成っていて、身体の 70 パーセント が水分でできている、などと書いてあります。60兆個もの細胞が集まっているというのが、どういう事なのか、はっきり言ってよくわかりませんですよね。例えばそれをお金で例えてみると少し実感がもてそうです。
例えばあなたの子供ができて、オギャアと生まれた日から100年間、毎日毎日 1,000万円のお小遣いをあげたとしましょう。1,000万円ですよ。しかしそれを 100歳になるまで毎日毎日貰ったとしても、3,650億円くらいなんです。60兆円貰うとしたら、ナント、16,400年間も生きてお小遣いを貰わなければならないんです。今が西暦の 21世紀ですから、185世紀まで生きるんですね。 なんだか草臥れてしまいそうな感じがします。

 

例が卑近だったかも知れませんが、とにかく 60兆という数はそれほどに厖大でありまして、それだけの数の細胞を私たちは皆持っているわけです。その細胞のひとつひとつが活動しているわけです。それは眼に見えない分子の世界ですが、その世界もまた、私たちの世界と同様に自然の摂理のもとで営まれているものです。

 

さて、その細胞というのは一体どのようなモノなのか ?  細胞もまたそれ自体で1つの生きものです。ちょうど人間の身体と同じように、栄養を吸収したり、排出したり、自体を守ったりする働きもします。
細かい、ムズカシイ事は医学書を見てもらうことにして、それらの働きを統率している核のところに、DNA という情報の集合体があります。二重のラセン構造をしていて、たった 4 つの種類の塩基という物質の組み合わせによって、細胞の組成に必要ないろいろな物質を生産する元の情報源です。このラセンの格子が1個の核の中に 30億対もあるのです。30億対の情報を持った細胞が 60兆個、一丸となって活動しているのが、実際の、私たちの体なんです。しかもそれだけの情報を持っていても、私たちが意識しているのはひとつのスクリーンだけで、そこに見られる情報というのは、身体全体の情報から見たら、ホンの微小なものでしかないということですね。その他の大部分の情報というのは、私たちの意識の下で、漠然とした無意識の働きとして、私たちを動かしているように思えるのです。

 

私が悲しみや悩みに陥って、どうしてそんなに悲しいのか自分でも解らない時、私の中で私をそうさせているものは、多分、以上のような厖大な情報による無意識の世界の、漠然とした記憶による現象なのではないか、と思います。私たちの日常的な意識では感知できない厖大な記憶を私たちは皆持っている。それらのものが、私たちをある意味で支配しているのかも知れません。

 

私たちがこの世に生まれた時には、親からの遺伝情報を含めて、もう既に体の中にたくさんの記憶情報を持っていたことになりそうです。体の複雑なメカニズムを制御しているプログラムはすでに動いていて、それもまた生命の不思議な現象である訳ですが、そのように考えると、産まれてきた赤ちゃんは、既に何らかの記憶情報をダウンロードしてきている、と言ったら、妙な感じがします。 

 

最近の小児心理学などでは、お母さんのお腹の中にいた頃の記憶を語る子供たちを紹介している本などもあります。出生前の胎児にも既にある程度の認識ができる意識と、短いけれど暫定的な記憶力がある、という意見もあります。

 

しかし思うに、そのような記憶って、一体どこから来たのでしょうね。

 

 


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